日曜日(7月17日)に鹿児島に行った時に撮った鹿屋航空基地史料館にある二式大型飛行艇(二式大艇)の写真を掲載します。

二式大艇 (1)

鹿屋の史料館は3度目の訪問で、二式大艇も見てますが、艦これに秋津洲と共に実装されて以来、改めて観に行きたと思ってました。

この機体は現存する唯一の実機で、以前は東京の「船の科学館」に展示してましたが、10年ほど前に海上自衛隊に寄贈されて、ここ鹿屋に移ってきたそうです。

二式大艇 (3)
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二式大型飛行艇の案内看板。

以下テキストにおこしてみます。

【二式大型飛行艇12型・主要目】
全長:28.1m
全幅:38m
全高:9,2m
馬力:1850馬力×4(火星22型・空冷)
最大速度:453.2km
航続距離:7152km(最大)(3862マイル)
武装:20mm機銃×5他

二式大艇は、昭和15年(1940)初飛行、当時世界一の高性能を誇った大型飛行艇です。昭和17年(1942)正式採用され、偵察・哨戒・輸送など長大な航続距離を活かした任務で活躍し、終戦までに167機が製造されました。

昭和20年(1945)3月11日、鹿屋基地から約3000Kmのウルシー泊地奪還のための米軍艦艇への特攻作戦で、「梓特別攻撃隊」として爆撃機「銀河」24機が鹿屋基地から初の特攻出撃をしました。この作戦の誘導、天候偵察任務に二式大艇3機が鹿児島の鴨池基地から出撃しました。

戦後、昭和20年9月、米軍から「詫間基地に残されている二式大艇1機を横須賀に空輸し、米海軍に引き渡せ」という命令が発せられました。米海軍はその二式大艇を本国に空母で移送し、各種調査を行い、その高性能に驚嘆したそうです。

その後、昭和54年(1979)に日本に里帰りをして、東京の「海の科学館」で保存展示されてましたが、昭和16年(2004)海上自衛隊に寄贈され、現在鹿屋基地で展示公開されています。

この機の垂直尾翼には、「菊水」マーク及び中央に「T-31」(T:TAKUMAの頭文字)が表示されています。この機は、第5航空艦隊(司令部:鹿屋)れい下部隊の詫間海軍航空隊所属(香川県山三豊市詫間町)の31号機であります。

上の主要目を補足すると、翼面積160屐自重18400kg、正規全備重量24500kg、最大重量32500kg。乗員は10〜13名。武装としては20mm旋回銃5門と7.7mm旋回銃4門(3門は予備)、爆弾最大2t、または航空魚雷を2本爆装できたそうです。


鹿屋に来るまでは、旧日本海軍がこういう飛行艇を持っていたなんて知りませんでした。初めて見た時はなんだこれはって驚いたものです。そしてこのような実機が現在まで残っていることにも驚きました。

残念ながら機内には入れませんが、史料館内には機内の写真もあるので様子を見ることはできます。艦これで二式大艇ちゃんに興味を持った方、是非、鹿屋に実物に会いに行ってみてくださいね。


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