たいへんお待たせしました。周防大島「陸奥記念館」レポートの後編です。前編では館内の紹介をしました。後編では野外展示場の様子を中心にご紹介したいと思います。
閉館時間(16:30)も近いということで外に出てきました。せっかくなので周囲を散策することにします。
近くの港にフェリーが入港していくのが見えました。陸奥記念館へは車かバスでしか来られないと思ったけど、フェリーを利用すれば柳井港からフェリー利用でもいけそうです。松山行きの防予フェリー(周防大島松山フェリー)の伊保田港寄港便で行くことができるようです。ただし1日4便しかないので注意が必要かも?
キャンプサイト区画には大きな飛行艇が静態保存されていました。海上自衛隊のPS−1飛行艇です。
看板には「”PS−1は新明和工業(株)で開発され、昭和42年に初飛行に成功しました。荒海でも着水できるように、低速で飛行できる境界層制御装置や着水時の飛まつをおさえる波消装置を装備した優れた性能を持つ飛行艇です。このPS−1、18号機は、昭和52年3月から昭和62年3月まで飛行しました”(原文ママ)」と書いてありました。
PS−1飛行艇をいろんな角度から。周囲に木が多いため全体像を撮影するのは難しいです。あと近くにキャンプしている方々がいたので写らないように撮影するのに苦労しましたw
一週間前に鹿児島の鹿屋航空基地史料館で二式大艇を見てでかいなー!すごいなー!って思いましたが、こちらも負けず劣らずと行ったところですね。飛行艇が実際に飛んでるところとかいつか見たいです。
海沿いのフェンスをよく見たら陸奥のリレーフが。
こちらは錨のリレーフ。
目の前は瀬戸内海です。
記念館の向かいには「なぎさ水族館」があります。残念ながらもう閉館してました。
そして駐車場出口のところに小さな看板が。「野外展示場」があるのか!?気付かずに帰るところでした。奥の階段をあがると、一段高くなった場所に展示場があります。
野外展示場の様子。
戦艦陸奥推進機。いわゆるスクリューですね。4基あったスクリューのうちの左舷内側のものらしいです。素材はブロンズで、直径は4.2m、翼面積74平方メートル、重量は約11トンあるそうです。
戦艦陸奥副砲(50径14センチ砲)この副砲は陸奥に18門装備されてました。その中のこれは左舷の16番砲です。射程は14800mにも達したと言われてるそうです。砲身の長さは7m、重量は砲座を含めて約18トンあるそうです。
もう1基の副砲です。何番砲かは不明だそうです。
陸奥の艦首。ちなみに前編でも紹介したように、艦首についていた菊の御紋は江田島の海上自衛隊第1術科学校の教育参考館に実物が展示されています。
予科練甲飛11期生戦没者慰霊「若鷹の碑」。陸奥の爆沈事故当時、予科練甲飛11期練習生と教官135名が艦務実習で陸奥に乗艦してました。この事故で135名中124名が亡くなってます。
陸奥之碑と感銘碑。
陸奥之碑。
この野外展示場から見える海の沖3kmの海の底に陸奥さんは眠っています。
この静かな海でそんな爆沈事故があったとは信じられません。この海に陸奥さんが沈んでると思うと感慨深い気持ちになりました。
さて、記念館前に戻りましょう。もう少し周囲を散策してみます。
むっちゃんのマグコレと陸奥記念館の記念写真。
道路側から撮ったPS−1。
近くの小さな砂浜。
そういう感じで、2時間ほどの滞在でしたが、陸奥記念館堪能させて頂きました。思い切って来てみてよかったです。ここに来た以降、陸奥さんが大好きになってしまいました。艦これの陸奥さんも実在した陸奥さんも。
せっかくなので少し観光しながら大島大橋へ向かいましょう。
陽が西に傾きかけた瀬戸内の海。
海沿いを走る国道437号線にある「道の駅サザンセトとうわ」に立ち寄ってみます。
道の駅の入口では周防大島の守り神であるTIKIがお出迎え。KITIはポリネシアやハワイなどの南洋に伝わる守り神です。「瀬戸内のハワイ」とも言われる周防大島にはこのKITIの像がいくつかあるそうです。
周防大島とハワイとの関係は深く、明治から大正にかけて、島からは多くの移民がハワイに渡った歴史があります。ハワイのカウアイ島とは50年前から姉妹島提携をしているそうです。周防大島には日本ハワイ移民史料館もあります。
道の駅の掲示板になにやら面白そうな場所が紹介されていました。
こんなところに飛び出し坊やが…。この道、坊やを設置するほど通る車が多いとは思えないんだけどw
真宮島(しんうぐしま)です。道の駅側の海に浮かぶ無人島なのですが、干潮時には砂州の道で島と陸続きになります。干潮時に陸続きになるというと九州では知林ヶ島が有名ですが、瀬戸内にもあったのですね。ちなみに渡ると恋が成就する島なんだそうです。この時も何組かのツガイどもが島に渡ってきてました。リア充ども爆発しろ!
面白いものでも無いかと思って島の裏側まで歩いて見ましたが、岩場がずっと続いているだけでした。デッキシューズだったので岩場をあるくのは足が痛かったデス…。
次に目指す竜崎温泉への道の途中にあった奇岩。「立石観音」と呼ばれているそうだ。この辺りには4つの奇岩(巌門、立岩、岩屋観音、帯石観音)があるそうで、それらを巡る「しあわせ祈願(奇岩?)」は夫婦円満・子宝・安産にご利益があるそうな。僕には縁のない話やなw
そして島の南側にある「竜崎温泉ちどり」へ。ここの温泉は「潮騒の湯」として親しまれセピア色の温泉は中国地方屈指の泉質を誇るんだそうです。施設は内風呂と露天風呂を備えたお風呂で規模としては普通くらいでしたね。露天風呂のロケーションは良かったけですね。肝心のセピア色の温泉は良く言えばセピア色だけど、悪く言えば茶色く濁った色ともいえる感じ…。ちなみに入湯料は大人700円です。
そんな感じで、周防大島を軽く観光して大島大橋を渡り柳井に戻ってきました。その後は一路宿泊地である岩国に向かい、1泊。翌日はたまゆらのイベントをやってる竹原にちょっと立ち寄って、呉に行きました。
陸奥記念館、時間をかけて見にいった甲斐はあったと思います。本当に軍艦一隻をテーマにした史料館でこれだけの規模のものは珍しいのではないでしょうか?ここに車で戦艦陸奥と行ってもピンと来なかったのが正直なところなのですが、来てからは長門よりも陸奥のほうが印象深くなったと思います。
史料館巡りとか好きな艦これ提督ならきっと楽しめると思うので、行ってみると良いと思います。周防大島もリゾート地として楽しめますしね。
以上、夕凪提督の「陸奥記念館」レポートでした!
(関連記事)
【艦これ聖地巡礼】陸奥記念館に行ってきました・前編
【冬の聖地巡礼旅行2013】夕凪さん艦これコンビニに行く。
【艦これ聖地巡礼】艦これの地酒(千福)を買ってきました!
【艦これ聖地巡礼】夕凪提督が呉鎮守府に着任しました1
【艦これ聖地巡礼】夕凪提督が呉鎮守府に着任しました2
【艦これ聖地巡礼】夕凪提督が呉鎮守府に着任しました3
閉館時間(16:30)も近いということで外に出てきました。せっかくなので周囲を散策することにします。
近くの港にフェリーが入港していくのが見えました。陸奥記念館へは車かバスでしか来られないと思ったけど、フェリーを利用すれば柳井港からフェリー利用でもいけそうです。松山行きの防予フェリー(周防大島松山フェリー)の伊保田港寄港便で行くことができるようです。ただし1日4便しかないので注意が必要かも?
キャンプサイト区画には大きな飛行艇が静態保存されていました。海上自衛隊のPS−1飛行艇です。
看板には「”PS−1は新明和工業(株)で開発され、昭和42年に初飛行に成功しました。荒海でも着水できるように、低速で飛行できる境界層制御装置や着水時の飛まつをおさえる波消装置を装備した優れた性能を持つ飛行艇です。このPS−1、18号機は、昭和52年3月から昭和62年3月まで飛行しました”(原文ママ)」と書いてありました。
PS−1飛行艇をいろんな角度から。周囲に木が多いため全体像を撮影するのは難しいです。あと近くにキャンプしている方々がいたので写らないように撮影するのに苦労しましたw
一週間前に鹿児島の鹿屋航空基地史料館で二式大艇を見てでかいなー!すごいなー!って思いましたが、こちらも負けず劣らずと行ったところですね。飛行艇が実際に飛んでるところとかいつか見たいです。
海沿いのフェンスをよく見たら陸奥のリレーフが。
こちらは錨のリレーフ。
目の前は瀬戸内海です。
記念館の向かいには「なぎさ水族館」があります。残念ながらもう閉館してました。
そして駐車場出口のところに小さな看板が。「野外展示場」があるのか!?気付かずに帰るところでした。奥の階段をあがると、一段高くなった場所に展示場があります。
野外展示場の様子。
戦艦陸奥推進機。いわゆるスクリューですね。4基あったスクリューのうちの左舷内側のものらしいです。素材はブロンズで、直径は4.2m、翼面積74平方メートル、重量は約11トンあるそうです。
戦艦陸奥副砲(50径14センチ砲)この副砲は陸奥に18門装備されてました。その中のこれは左舷の16番砲です。射程は14800mにも達したと言われてるそうです。砲身の長さは7m、重量は砲座を含めて約18トンあるそうです。
もう1基の副砲です。何番砲かは不明だそうです。
陸奥の艦首。ちなみに前編でも紹介したように、艦首についていた菊の御紋は江田島の海上自衛隊第1術科学校の教育参考館に実物が展示されています。
予科練甲飛11期生戦没者慰霊「若鷹の碑」。陸奥の爆沈事故当時、予科練甲飛11期練習生と教官135名が艦務実習で陸奥に乗艦してました。この事故で135名中124名が亡くなってます。
陸奥之碑と感銘碑。
陸奥之碑。
この野外展示場から見える海の沖3kmの海の底に陸奥さんは眠っています。
この静かな海でそんな爆沈事故があったとは信じられません。この海に陸奥さんが沈んでると思うと感慨深い気持ちになりました。
さて、記念館前に戻りましょう。もう少し周囲を散策してみます。
むっちゃんのマグコレと陸奥記念館の記念写真。
道路側から撮ったPS−1。
近くの小さな砂浜。
そういう感じで、2時間ほどの滞在でしたが、陸奥記念館堪能させて頂きました。思い切って来てみてよかったです。ここに来た以降、陸奥さんが大好きになってしまいました。艦これの陸奥さんも実在した陸奥さんも。
せっかくなので少し観光しながら大島大橋へ向かいましょう。
陽が西に傾きかけた瀬戸内の海。
海沿いを走る国道437号線にある「道の駅サザンセトとうわ」に立ち寄ってみます。
道の駅の入口では周防大島の守り神であるTIKIがお出迎え。KITIはポリネシアやハワイなどの南洋に伝わる守り神です。「瀬戸内のハワイ」とも言われる周防大島にはこのKITIの像がいくつかあるそうです。
周防大島とハワイとの関係は深く、明治から大正にかけて、島からは多くの移民がハワイに渡った歴史があります。ハワイのカウアイ島とは50年前から姉妹島提携をしているそうです。周防大島には日本ハワイ移民史料館もあります。
道の駅の掲示板になにやら面白そうな場所が紹介されていました。
こんなところに飛び出し坊やが…。この道、坊やを設置するほど通る車が多いとは思えないんだけどw
真宮島(しんうぐしま)です。道の駅側の海に浮かぶ無人島なのですが、干潮時には砂州の道で島と陸続きになります。干潮時に陸続きになるというと九州では知林ヶ島が有名ですが、瀬戸内にもあったのですね。ちなみに渡ると恋が成就する島なんだそうです。この時も何組かのツガイどもが島に渡ってきてました。
面白いものでも無いかと思って島の裏側まで歩いて見ましたが、岩場がずっと続いているだけでした。デッキシューズだったので岩場をあるくのは足が痛かったデス…。
次に目指す竜崎温泉への道の途中にあった奇岩。「立石観音」と呼ばれているそうだ。この辺りには4つの奇岩(巌門、立岩、岩屋観音、帯石観音)があるそうで、それらを巡る「しあわせ祈願(奇岩?)」は夫婦円満・子宝・安産にご利益があるそうな。僕には縁のない話やなw
そして島の南側にある「竜崎温泉ちどり」へ。ここの温泉は「潮騒の湯」として親しまれセピア色の温泉は中国地方屈指の泉質を誇るんだそうです。施設は内風呂と露天風呂を備えたお風呂で規模としては普通くらいでしたね。露天風呂のロケーションは良かったけですね。肝心のセピア色の温泉は良く言えばセピア色だけど、悪く言えば茶色く濁った色ともいえる感じ…。ちなみに入湯料は大人700円です。
そんな感じで、周防大島を軽く観光して大島大橋を渡り柳井に戻ってきました。その後は一路宿泊地である岩国に向かい、1泊。翌日はたまゆらのイベントをやってる竹原にちょっと立ち寄って、呉に行きました。
陸奥記念館、時間をかけて見にいった甲斐はあったと思います。本当に軍艦一隻をテーマにした史料館でこれだけの規模のものは珍しいのではないでしょうか?ここに車で戦艦陸奥と行ってもピンと来なかったのが正直なところなのですが、来てからは長門よりも陸奥のほうが印象深くなったと思います。
史料館巡りとか好きな艦これ提督ならきっと楽しめると思うので、行ってみると良いと思います。周防大島もリゾート地として楽しめますしね。
以上、夕凪提督の「陸奥記念館」レポートでした!
(関連記事)
【艦これ聖地巡礼】陸奥記念館に行ってきました・前編
【冬の聖地巡礼旅行2013】夕凪さん艦これコンビニに行く。
【艦これ聖地巡礼】艦これの地酒(千福)を買ってきました!
【艦これ聖地巡礼】夕凪提督が呉鎮守府に着任しました1
【艦これ聖地巡礼】夕凪提督が呉鎮守府に着任しました2
【艦これ聖地巡礼】夕凪提督が呉鎮守府に着任しました3
1/700艦これくしょんシリーズNo.09艦娘 戦艦 陸奥 青島文化教材社 2014-03-22 売り上げランキング : 10525 Amazonで詳しく見る by G-Tools |
コメント